薬膳の基本「五味」を解説:身近な食材で体調を整えるヒント
はじめに:薬膳の「五味」とは?
「薬膳」や「養生食」と聞くと、特別な食材や難しい調理法が必要なのではと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、薬膳の考え方は、日々の食事を通して体のバランスを整え、健やかに過ごすための知恵です。
その基本となる考え方の一つに、「五味(ごみ)」というものがあります。これは、食べ物が持つ「味」を、単なる美味しさだけでなく、それぞれが体に与える影響という視点から分類したものです。薬膳では、味は単に舌で感じるだけでなく、体の特定の臓器に働きかけたり、特定の作用をもたらしたりすると考えます。
五味とは、「甘(かん)」「辛(しん)」「酸(さん)」「苦(く)」「鹹(かん)」の五つの味のことです。これらの味を意識して食事に取り入れることで、体の状態を整えることができると考えられています。
この記事では、五味それぞれの味が持つ働きと、私たちが普段の食事で口にしている身近な食材にはどのような味(働き)があるのか、そしてどのように日々の食卓に取り入れていけば良いのかを分かりやすくご紹介します。難しい知識や特別な食材は必要ありません。いつもの食事に、薬膳の五味の視点を少しだけ加えてみるヒントになれば幸いです。
五味それぞれの働きと身近な食材
薬膳でいう「味」は、単に甘い・辛いといった感覚だけでなく、食材が体内でどのような働きをするかを示しています。五味それぞれの特徴を見ていきましょう。
1. 甘味(かんみ)
- 働き: 体を「補う」、緊張を「緩める」、痛みを「和らげる」働きがあるとされます。特に胃腸の働きを助け、エネルギーを生み出す力(気)を補うと考えられています。
- 代表的な身近な食材:
- お米、いも類(じゃがいも、さつまいも)、かぼちゃ
- 豆類(大豆、小豆)、きのこ類
- 果物(りんご、バナナ、ぶどう)
- はちみつ、黒砂糖
- ポイント: 体の元気がない時や、緊張している時、お腹の調子を整えたい時におすすめです。ただし、甘いものの摂りすぎは体に負担をかけることもあるため、バランスが大切です。
2. 辛味(しんみ)
- 働き: 体を「温める」、血液や気の巡りを「良くする」、悪いもの(風邪の初期など)を体から「発散させる」働きがあるとされます。
- 代表的な身近な食材:
- 生姜、ねぎ、にんにく、玉ねぎ
- 唐辛子、わさび
- 大根、春菊(少し辛味があります)
- ポイント: 体が冷えている時、なんだかゾクゾクする風邪の引き始め、気の巡りが滞って気分が晴れない時などに良いとされます。摂りすぎると体を乾燥させたり、のぼせを引き起こすこともあります。
3. 酸味(さんみ)
- 働き: 体を「引き締める」、余分な汗や尿、下痢などを「止める」、エネルギー(気)や血液の「漏れを防ぐ」働きがあるとされます。体の内側を養う「陰」の性質を持つとされます。
- 代表的な身近な食材:
- 梅干し、レモン、お酢、柑橘類
- トマト、いちご、りんご
- ヨーグルト
- ポイント: 汗をかきすぎた時、疲れがたまっている時、体が乾燥しやすい時におすすめです。酸味は消化を助ける働きもありますが、摂りすぎると胃に負担をかけたり、体を冷やすこともあります。
4. 苦味(くみ)
- 働き: 体の余分な熱や湿気(むくみやだるさの原因になることも)を「取り除く」、便通を「促す」働きがあるとされます。
- 代表的な身近な食材:
- ゴーヤ、春菊、セロリ
- たけのこ、ふきのとう
- コーヒー、お茶
- ポイント: 体に熱がこもっている時(口内炎、ニキビなど)、体が重くだるい時、便秘が気になる時などに良いとされます。苦味の強いものは、少量でも体に働きかけることがあります。
5. 鹹味(かんみ)
- 働き: 硬くなったものを「柔らかくする」、お腹を「下す」(便通を促す)、しこりなどを「散らす」働きがあるとされます。
- 代表的な身近な食材:
- 塩、醤油、味噌
- 昆布、わかめ、ひじきなどの海藻類
- 貝類
- ポイント: 便秘気味の時や、体に硬いしこりなどが気になる時に良いとされます。海藻類はミネラルも豊富です。ただし、塩分の摂りすぎは体に負担をかけるため、適量を心がけることが非常に重要です。
五味を日々の食事に取り入れるヒント
五味の考え方を難しく捉える必要はありません。いつもの食事に少し意識を向けるだけで、自然と取り入れることができます。
- すべての味をバランス良く取り入れる: 薬膳の基本はバランスです。一つの味に偏らず、五味すべてを少しずつ食事に取り入れることを目指しましょう。例えば、味噌汁(鹹味、豆の甘味)にわかめ(鹹味)とねぎ(辛味)を加える、といったように、身近な料理で様々な味を組み合わせることができます。
- 体調に合わせて意識する: 「今日は体が冷えるな」と感じたら、生姜やねぎなど辛味のものを少し加えてみる。「なんだか胃腸が疲れているかも」という時は、お米やいも類など甘味のものをいつもより意識して摂る。「体がむくみやすいな」と思ったら、きゅうりやゴーヤなど苦味のものを少し取り入れてみる。このように、その日の体調に合わせて特定の味を少し意識してみるだけでも良い変化が期待できます。
- 旬の食材を取り入れる: 旬の食材はその時期の体に合ったパワーを持っています。例えば、夏野菜には苦味や酸味を持つものが多く、体にこもった熱を冷ますのを助けてくれます。秋には甘味のいも類やかぼちゃが増え、夏の疲れで消耗した体を補ってくれます。旬の食材を自然と取り入れることは、五味のバランスを整えることにも繋がります。
- 特別な調理法は不要: 五味の考え方を実践するのに、特別な調理法は要りません。いつもの煮物や炒め物、汁物、和え物などに、五味を意識した食材をプラスするだけで十分です。例えば、野菜炒めに少量の酢をたらす、味噌汁に昆布だしを使う、など、簡単な工夫で取り入れられます。高価な食材や道具も必要ありません。スーパーで手に入る身近な食材で始めることができます。
まとめ
薬膳の「五味」は、食べ物の持つ力を知り、日々の体調管理に役立てるための知恵です。甘味、辛味、酸味、苦味、鹹味それぞれが持つ働きを理解し、身近な食材でこれらの味をバランス良く取り入れることで、体の内側から健やかさを育むことができます。
「難しそう」「お金がかかる」というイメージを持っていた方も、普段使っている食材にも五味の働きがあることを知れば、「これならできるかも」と感じていただけたのではないでしょうか。
まずは、いつもの食卓を眺めてみてください。どんな味が揃っているか、そして今日の自分の体調にはどんな味が足りないように感じるか。難しく考えすぎず、楽しみながら五味の考え方を日々の食事に取り入れて、ご自身の心と体の変化を感じていただけたら嬉しく思います。無理なく、ご自身のペースで、健やかな食生活を始めてみましょう。